2005年度現地会議報告
2005年8月、私たち日本中東学生会議は1ヶ月に渡ってシリア(5回目)・ヨルダン(2回目)・イスラエル(10回目)の3ヶ国を訪れ、現地の学生たちと会議を開催しました。
各国ではそれぞれアレッポ大学日本センター、ヨルダン民主文化委員会、ヘブライ大学の学生とディスカッション、フィールド・トリップ、ホームステイ、ディナー・パーティーなどを行い、交流を深めました。また、シリアでは国営放送の、ヨルダンでは日刊Al-Rai紙の取材を受けました。
行われたディスカッションのテーマは「デモクラシー」「ジェンダー」「原理主義」「移民問題」「メディア」の5つです。ここではそれぞれのテーマのプレゼンテーション担当者の感想と、各国の会議を終えてのメンバーのエッセイを一部公開します。
なお、これらの情報を含んだ完全版の報告書を近日発売予定です。
目次:
デモクラシー: 「デモクラシーの存在意義」 (笹田拓志・小西絵美)
ジェンダー: 「シリアの女性との対話から」 (藤井由麻)
原理主義: 「議論を終えての感想」 (行方恵・二川郁美・許誠婉)
エッセイ: 「『「国際協力』と『現実』」 (小西絵美)
デモクラシー: 「デモクラシーの存在意義」 (笹田拓志・小西絵美)
私たちはシリア、ヨルダンの二カ国において、中東と日本における民主主義の現状とその問題点についての議論を試み、プレゼンテーションを行った。私たちが提供した内容はシリア、ヨルダンの民主主義の達成度を2004年のArab Human Development ReportsやFreedom Houseのデータをもとに分析し、問題点を提示すると共に、民主主義国家と呼ばれる日本が抱える問題点を3つにまとめた。アラブ両国に関しては、現段階では民主主義の初期段階であり、全ての民衆に自由が行き届く状態はまだ遠いと位置づけた。その上で、理想的な民主主義達成のためには①民主主義不達成や民族社会の圧力による自由・権利の侵害、②言論・表現の自由のような市民の自由に対する規制、③過度に石油収益を追求した結果生じる圧政甘受などの改革の必要性があると投げかけた。また日本の民主主義においては、海外からは高い評価を受けるものの、①自民党の一党支配、②官僚主義、③投票率の低下といった内政事情のひずみを示した。
このプレゼンテーションの後、シリア・ヨルダン側からは質問や強い主張が投げかけられた。まず両国共に、「アラブ諸国では民主主義はいまだ達成されていない」という報告に対する強い反論がなされた。シリアにおいては、Arab Human Development ReportsやFreedom Houseからのデータの信憑性は確固たるものではないとの指摘のもと、そもそもDemocracyとは何を意味し、Democracyは民衆を幸せにするのか?といった根本的な質問がなされた。この問いに対し日本側は民主主義とは、常に自由の尺度として使えるものではないが、日本の歴史の中で民主主義が日本の国際関係の潤滑油の役割を果たし、経済成長や安全保障に大きく貢献したというのは事実であると述べた。しかしながらシリア側からはDemocracyが自由の指標にはなりえないとの反論が続いた。彼らは、自分たちがアサド政権下での生活で何一つ不自由だと思ったことはなく、「民主主義」という名目でムスリムたちの手によって作られたイスラム社会秩序が、他国の介入によって崩されてはならないと主張した。シリア会議において、日本人が自明と考えていた「Democracy=自由」というテーゼが揺らぎ、日本の文献からは見えてこない彼らの自国の政治に対する誇り、信頼感が明らかになった。
ヨルダンでは国民がDemocracyについてあまり認知していないという実情が指摘され、議論の焦点は日本の投票率の低さに移った。男女平等に選挙権が与えられているのにも関わらず、なぜ日本国民は国政に関心を持ち加わろうとしないのか?私達日本側は、一般的な理由として現状に満足している、自分の投じる一票が国政を変えられる気がしないなどを挙げたが、ヨルダン側の理解を得ることはできなかった。
シリア、ヨルダン会議を終え、Democracyや日本の政治に対する予想外の意見が多く寄せられて答えに戸惑ったものの、彼らの本音を聞けたことに大きな意義があった。私たちは民主主義が自由の象徴であるとどこかで信じていた。しかし、国、宗教、歴史がちがえば何が正しくて、何が人々を幸せにしてくれるのかも異なる。そういった違いを「途上国の遅れ」とみなすのではなく、現状として受け止めることが大切であると感じた。
ジェンダー: 「シリアの女性との対話から」 (藤井由麻)
今まで私の中でイスラム女性について、何かと不平等な扱いを受けているというステレオタイプを持っていた。しかし、実際に彼女達は自分達が不平等な扱いを受けているとは感じていないのである。例えば、よく論題になるヴェールであるが、彼女達の解釈と私達の解釈は全く違うことに気がついた。彼女たちはヴェールなどによって全身を隠すことを、何かを隔てられているというよりは守られているという解釈をもっていたのである。アッラーの教えによると女性はいつもプロテクトされるべき存在であり、そのため女性は髪、体、手、足、つまり全身を外に出るときは隠しておかなければならないのである。そして、また逆に彼女たちからすれば、自由な格好、髪型をすることがそんなに素晴らしいことなのかと疑問を持っていることがわかった。また、イスラームの中での女性と男性の関係であるが、結婚関係でない男女は握手、話すことはあまり好ましくない。
このような社会の中で人間の友好関係を築くことができるのかが疑問だったので、正直に私の意見を彼女たちに述べてみた。すると、やはり彼女たちから私はおおきなバッシングを受けてしまったのである。私は男女関係なく、生活する中でさまざまな人たちとの出会いを軽減することはもったいないのではとのべたのであるが、彼女たちにとって私の発言はいわゆる“男好き”のように解釈されたのである。結婚についてであるが、ほとんどの女の子が最終的に結婚することを望んでいることがわかった。近年になって、女性の社会進出が増え、仕事をする女性は増えたものの、生涯結婚をせずに仕事付けということは考えられないようである。
アッラーによるさまざまな規則に基づいて生きている彼女らからすれば、私たち(特に私は無宗教であるため)はただすき放題に生きていて、何も信じるものもなく不憫に感じるような発言もあった。イスラームとジェンダーはきってはきれない議題ではあるが、このようなことは外側からかえることもできないし、かえる必要もないように思えた。そして、一番強調したい部分は“彼女達は不幸ではない。”ということである。彼女達は自分達でその道を選び、アッラーの教訓を元に生きていることを誇りとしていることを私はみんなに伝えていきたいと思った。
最後に、たくさんの学生達と関わっていく中で総括して大きく感じたことは、自分が当たり前としていることを“基準”であると思ってはいけないということである。基準を作ってしまうと、その基準から他が外れたとき、人々はどのような対応をするであろうか。具体的に言うと、セクシャルマイノリティーへの差別、宗教や文化の違いによる紛争などはその基準疎外が原因だと言えるのではと思ったのである。基準を持たないということは“平等心を持つ”“隔たりを作らない”ことに大きくつながるのである。それがいかに人間を精神面で豊かにし、平和な人生に導くことであると、大げさかもしれないが私はそう思うのである。
原理主義: 「議論を終えての感想」 (行方恵・二川郁美・許誠婉)
・シリアの学生が欧米メディアで言うところのイスラム原理主義とイスラム教の無関係、テロリズムとイスラム原理主義について熱く主張していた
・知識不足や誤解をしている点が多々あったが、シリアの学生のおかげで自分のなかにあった先入観を取り去ることができた
・「潜在的原理主義思想」に関する議論に見られるように、日本の文献からの「イスラム教」解説と実際のムスリム達の見解には食い違いがみられた。このことから、イスラム教の宗教・文化的土壌がほとんどなく、文献に頼らざるを得ない日本において、イスラムを学ぶことの限界を感じた。
・シリア人学生が、イスラム教とイスラム原理主義テロ組織を区別することに熱を入れていたのが非常に印象的だった。そこから、メディアでは報道されない一般のムスリム、ムスリマ達にとって、イスラムは平和を求める宗教であり、同じ信仰を持つものとして、昨今のテロ組織の動向に憂慮していることがわかった。
・話題がイスラエルのことに及ぶと、一気に会場内のテンションが上がったのが感じられた。それまで理論的な調子だったのに、イスラエルのこととなると感情的な発言が多かった。
・「何者かがシリアの経済発展を妨害している」という意見が聞かれたが、池内恵「現代アラブの社会思想」講談社新書 2002年 にも、近年のアラブ諸国では終末論、(シオニストなどの)陰謀論が流行っているとあったので、そうゆう潮流が確認できて面白かった。
・彼らがテロリストと原理主義者をはっきり区別し、テロリストたちを否定的に捉え犯罪者であると断言していたのが少々意外だったのもあり、新鮮だった。
・シリアの学生たちのイスラム教に対する絶対的な信頼は目を見張るものがあった。しかし、シリアにおいても普段はチャドル無しで普通の服装をした女性がそれなりに居るらしいが今回の会議では一人を除いた全女性が黒のチャドルを身につけていたことから、たまたま信仰心の強い人たちが集まったのかも知れないので一概には言えないが、こちら側のイスラム教への疑問などに対して女性のほうが敏感な反応を示した印象を受けた。
・他の宗教を認めると言ってはいるがどうしても本質的に認めていないような印象を受けた。正直、今は他の宗教を信仰していたとしても最終的にはイスラム教にたどり着くんだ、という意見には反感を覚えた。
エッセイ: 「『「国際協力』と『現実』」 (小西絵美)
夏の中東訪問は私を変えた。私が持っていた中東への先入観、イスラム教徒への偏見を打ち崩し、国際協力の定義をあらたに構築したのである。
そもそも私が中東行きを決意したのは、大学生活の間にできるだけ多くの国を周り、この目で世界を見たいといったごくごく単純な理由である。中東に赴く前にはメディアからの伝えられる情報程度しか頭になかった。中東と聞くとイラクで起きた日本人拉致殺害事件であるとか、自爆テロのような危険な事件のことしかイメージできなかったのも事実である。カタール航空という耳慣れない航空会社の飛行機で降り立ったのはシリアの首都ダマスカス。中東訪問の記念すべき1日目の記憶と言えば予想以上に暑かったことと、スークと呼ばれる市場に漂う独特のイスラム臭(香辛料からくる)くらいである。だが、日が経つにつれ、イスラムの神秘的な魅力のとりこになっていった。そこには日本の都心には存在しない「アラブタイム」が存在する。全てがイスラム教を軸に周り、腕時計なんて無意味と思うくらいゆっくりとした時間が流れる。行動を共にしている学生たちも、「今からお祈りしてくる」と言って急にいなくなってしまったり、店に入ると店員が床に額を当てて祈りを捧げている場面に何度も遭遇した。彼らは独自の生活リズム、信念を持っているがゆえに愛国心を持ち、己の存在意義に自信を持っているのである。
旅も中盤に差し掛かった8月15日、体調不良のためにヨルダンの日本大使館で日本人医師の木原先生に診察していただく機会があった。先生は私の診察を終えた後、「この好機を利用して、その目で現実を見ていきなさい。」とおっしゃった。先生は興味深い例を挙げられ、「ヨルダンの若者と渋谷をぶらつく若者の両方から携帯電話を取り上げたら、前者は普段どおりの生活を続けられるが、後者の中からは自殺者が出てもおかしくない。なぜなら前者の心の中にはイスラム教という強い信念が存在するが後者にはそれに類似したものは存在しない。」と、幸せの意味の多様性を指摘された。私はこのとき初めて世界が先進国と発展途上国に二分されている現状に疑問を抱いた。シリアやヨルダンは本当に他国からの支援を要する発展途上国なのだろうか。彼らにとっての幸せとはなんだろうか。私たちは無意識のうちに途上国支援=国際協力という方程式を作り上げ、正当化していなかっただろうか。こんなことを考えているうちに、今までの自分がいかに当事国の声に耳を傾けていなかったかが分かる。彼らは現在のムスリム社会、イスラム教に規定される生活、経済状況に満足しており、アメリカのような経済大国からのさらなる支援よりもイスラム秩序の維持にプライオリティーを置いているのである。もちろん声の主が変われば意見がこれと一致しないのは承知しているが、たとえ少数派であれ、こういった声が存在することを、私自身はもちろん国際社会も見逃してはならない。
シリア、ヨルダンで従来の「国際協力」の定義が一新されたが、イスラエルでは私自身にとっての国際協力とは何かという問いにぶつかることになった。イスラエル・パレスチナ間における根深い対立は誰もが知るところではあるが、実際聖地エルサレムに足を踏み入れると、事の重大さは肌でも感じることになる。対立の歴史はあまりに深く、ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒らによってきれいに住み分けられた各地区には異なった文化的時流が流れる。もちろん彼らが共存している小さな地域(ヘブライ語でNeve Shalom、 アラビア語でWahat al-Salamと呼ばれる)は対立の絶えないイスラエルの中でも平和の象徴としての役割を果たし、彼らの平和的共存を願って多くのアーティストが活動している様子の存在もこの目で確かめてきた。しかしながら、シリア、ヨルダンでアメリカ、イスラエルに対する激しい嫌悪の声を聞いた上に、イスラエルの友人からは問題が大きすぎて私たちが解決しようとしても無駄と言われたときには、自分の中にあった和解への希望が断たれた気がした。当事者があきらめているのに、まだ知識が浅く、遠い日本に住む自分ごときに何ができるのかと自問自答していた。そしてこの答えはいまだに見つかっていない。
私はこの1ヶ月間誰かに提供できるような技術や知識を持ち合わせていなかったにも関わらず、この活動を通じて有意義な中東訪問を経験させていただいた。中東という歴史と宗教と文化などの様々な色彩が混じり合う国々で、私の既存の価値観は崩れ、まっさらな状態と化した。日本に無事帰国した今、国際協力の新しい意味と自分にできる国際協力を模索することが、今の自分にできる小さな小さな国際協力であると思う。
